All that is experienced is experience, but there is no independent self that experiences and no independent object, other or world that is experienced. There is just the experiencing of experience, and it is ‘experiencing’ that experiences experience.

その他で苦しんに面した上で (Translated)


他者の苦しみに直面することについて

Q. 他の人の非常に強い苦しみに直面したとき、どのように反応するのが最も好ましいのでしょうか?

A. 他の人の激しい苦しみに直面したときは、見かけ上のその人がほんとうは<意識>であるということ、<意識>は苦しんではいないということを深く理解していることが、どんな関係においても有効な手段となります。

<意識>は単に存在し、愛にあふれ、オープンで、なにごとも受け入れるものであり、そしてそれ自体はマインド、身体、世界の遊戯によっては影響されません。 

私たちが意識的に<意識>として存在し、見かけ上の他者の「内にある」<意識>に対して話しかけるとき、どういうわけか、私たちが用いる言葉には関係なく、<意識>に固有のものである愛、平安、安心が伝えられます。<意識>が、それ自体からそれ自体に伝達するのです。 

もちろん、あなたが書いたように、この理解を直接伝えることが不可能であったり、あるいは、もしそのように伝えたとしたら多くの人にとっては感情を傷つけることになったりするような状況もあるでしょう。

そのような場合には、あなたはすでにそうであると思いますが、私たちはとても慎重であるべきであり、それぞれの固有の状況や「人」に応じて、深い理解を表さなければなりません。 

あなたが書いたような何かを「行いたい」という欲求は、必ずしも無知や分離した存在を示すものではありません。それは、同じように愛や知性の表現であり、それ自体は、分離した存在を仲介していない<意識>の直接的な表現であるかもしれません。

結局は、表現されるすべての感情を避けたり操作したり抑圧したりする意図をもたず、そうした感情をオープンに思いやりをもって受け入れることによって、苦しみの中にいる他者のなかでこの受け入れる姿勢が目覚め、すべての苦しみを最終的に解決させる非言語的なメッセージが伝わるのです。